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論ずるに値しない。

論ずるに値しない文章を毎日書く。内容は読んだ本や今まで考えてきたことがメイン。

身内のがん宣告を受けて

 自分の最も信頼できる親族ががんであるという診断を受けた。うつ病をやっている人間にしてみれば三日何もできなくなるぐらいのストレスとショックであった。
 ・なぜショックなのか
 なぜショックを受けたかの第一の理由は「なりようがないぐらい元気な人」だからだ。宣告された今でも自分より食事を取り、仕事をするパワフルなひとなのでおよそ病とは無縁な人だと思い込んでいた節がある。
 もう一つの理由は自分が最も信頼を寄せている人に襲った病魔だからだ。これは理論的なものではなく限りなく情緒的な問題点なので記述することは難しい。今その人がいなくなってしまうという想像をしただけでとてつもない恐怖感と自分も死ぬのではないかと錯覚を覚えるほどの喪失感を覚えてしまうのだ。

・恐怖
 次に自分に襲ったのは「怖い」という感情である。これが至極単純で「今はすごい元気な人が」余命何年という形で寿命を提示されることに対する恐怖だ。そしてその言葉は絶対に助からないという意味も多分に含んでいる。これが非常に怖いのだ。

・彼に何ができるのか
 では私は彼に何ができるのか。必死になって考えたが残念ながら私は医者でもなければ莫大な資産を持つ富豪でもない。加えてこれらを乗り越えられるほどの人脈を持ち合わせていない。ただただ無事を祈ることしかできない。これがたまらなく歯がゆい。
自分にできることは自分に対する気休めの言葉を述べることしかできない。
 つまり、絶対よくなると彼に言い聞かせたり、今際の際に世話になったことへの感謝を述べることしかできない。
とてつもない無力感をそのたびに味わうのだ。

・自分がその状況におかれるまでになにができるのか
 次に自分がその状況におかれるまでに何ができるのか。人間80年で世を去ると考えると自分は残り五十年足らずしか時間は残っていない。どのように医学が進歩しようがこれを乗り越えることは不可能だろうし、そこまでして生きることに固執するつもりもない。では、何をすべきか。今思いつくことは

独立したい
本を出版したい
大学に戻りたい
いつかは手に入れたいと考えている時計を手に入れたい
死ぬまでに最後まであがけるような資産を保有したい
自分の頭にあることを最後まで書く、話すなどで世に残したい

というどれも壮大すぎるものばかりだ。小分けにして実行しようと考えてもどうすればいいかもわからないほどだ。
今いえることはただひとつ。しっかりとその日その日をこなして目の前にある課題を乗り越えて行くことしかないだろう。

今の課題はこの大きな絶望感を乗り越え、来るべき日に備えることしかできない。それがむしょうにはがゆいのである。

以上