論ずるに値しない。

論ずるに値しない文章を毎日書く。内容は読んだ本や今まで考えてきたことがメイン。

結局葉巻に戻る

* 再び葉巻に戻る
 最近再び葉巻を吸うことが増えた。もともと習慣的に吸う人間でもないので紙巻きたばこを吸っていても本数の多さから持て余すことも多いし、完全に消耗品としてのたばこに魅力を感じなかったのであるが、休み方を知らない性分である自分がなにもしないという行為をとるために必要なものの一つになったのはつい最近のことである。手放せない嗜好品というより、思索をじゃまされないための道具という意味で葉巻がいることに気づいたのは四月に入ってからのことである。

* 迷走期
 当然このような結論に至るまでに様々な紆余曲折があった。煙を吸って吐き、葉を灰に変えるという非生産的な行為で自傷的な行動をとることでバランスをとることは絶対的に正しいことではない。むしろ間違ったことであることは重々認識してはいる。しかし、そうでもしないと喧しい家族の声や周囲の声をかき消す方法を知らなかったのであるから仕方がない。そして、どうせそんなことをするのなら楽しみたいと思い、その行為について掘り下げてしまうのは自分の悪癖の一つである。最初は簡単な紙巻きたばこから入ったのである。
** 愛すべき三級品
 こういうものはばらつきがあった方がおもしろいと感じるのは自分だけではないようで、葉脈などのいわゆるクズを集めて作った三級品たばこを好む人間が多い自分もその一人であった。自分が好んだのはゴールデンバットという銘柄。このたばこ、フィルターのないいわゆる両切りたばこであって、うまいこと吸えないと葉っぱが口の中に入るし、紙が唾液で溶けてしまうなど慣れていないと戸惑うものである。自分はこの何ともいえぬだだっ子ぶりが好きだったのであるが、葉の詰め方が甘いことと、本当にどうしようもない時は何本も吸い続けてしまうことで差し障りがでてきてしまうので、やめてしまった。

* パイプも試す
 そこでのんびりとやれるものはないかと考えて、パイプも試してみた。コーンパイプは吸っているとほのかにコーンのにおいもして楽しかったのであるが、手入れの面倒さと甘い匂いのものが非常に多いこと、甘くないものは逆に正露丸の臭いがするものしかないと言うことで自分にあったものがないということで長続きはしなかった。
 このパイプの経験は今でも非常に役立っており、自分の好みは世の中の嗜好と少し異なっており、かつ常習的に吸うというよりも一人になりたいときにやりたくなるというものであった。
 このごろは自分が自室にいるときでさえ喧しい声が聞こえてくることに加えノックなどの前触れもなく部屋を訪ねる家族がおることで家にいても休まることがなかった。たばこは近年風当たりが激しく嫌悪する者も多いためこれをやっているときだけ誰も話しかけてこないし、その場にいる必要性もないために静かになれる。仲のいいものと吸うのが楽しいと言うが自分はむしろ一人になるために吸うのである。

* 葉巻との出会い
 このような悩みを解決するのが葉巻であった。パイプのように長く吸うことができることに加え、紙巻きのように手入れをすることもないし、種類が豊富であるために自分にあう銘柄を見つけることができる。高価なのも自動的に本数にキャップがされるので非常に都合がよろしい。相変わらず自傷的なことには代わりはないが一人になるためなら甘んじて受ける範囲内である。

** 葉巻のおいしさ
 葉巻のいいところはパイプにも紙巻きにもない濃厚な味と香りである。ややもすれば土臭いそれはコーヒーのようなささやかな苦みによって落ち着く自分にとっては非常に趣味が合う。燃焼時間も短いものは紙巻き同様、長い者は一時間近くかかるものまであり、そのときどきにより使い分ければよろしく、同じ銘柄でその長さが分かれている者が多いのも非常に大きなポイントの一つである。

*** マナーの悪さ
 近年、非常に喫煙者のマナーが悪いことが取り沙汰されるがこれは嗜好品として取り扱う者が少ない証拠である。本来こういうものは煙を肺に取り込むのではなく、口腔内でとどめ肺に入れない。ゆっくりと時の過ぎるのを楽しむものなのだ。それができずにいたずらにニコチンの接種のためだけに吸う人間はそれはマナーの悪いことが多い。
 趣味人は他人様に迷惑をかけないものであり、たばこを吸うことが常習的になっている人間と異なり、趣味でやっている人間は増税されても吸い続けるだろう。本数は減るかもしれないが。
 横道にそれてしまうが、自分は喫煙者ではあるがたばこ税増税には賛成の立場である。マナーの悪い人間は値段が上がれば吸うのをやめていくだろう。そういう人間がたばこをやめてくれれば趣味で吸う人間にとっても快適な環境になるからである。

 やはり葉巻はうまい。そして本数もいらない。日々楽しく味わうためには張りのある生活も必要だ。うまい食べ物を食べる機会が少ない自分にとっては「うまいもの」を味わう数少ない手段が葉巻だ。これを味わうためにも日々一生懸命なにかに取り組んでいくのが最近の目標である。

以上