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論ずるに値しない。

論ずるに値しない文章を毎日書く。内容は読んだ本や今まで考えてきたことがメイン。

書きかけの意見

二三ヶ月前に書き残していたのが見つかったので公開。われながら青臭い考えで苦笑い。
 
・近年悩んでいる思考
 私は兼ねてよりの自由至上主義者(リバタリアン)である。しかし、リバタリアンといえども自由をどこまで認めるか、
国家の介入をどこまで認めるかについては各人の意見が別れるところである。
 そこで、自らの考えを整理するため本文章を作成することにする。構成は総論→各論(事例研究)という形を撮ることにする。
 
・総論
 基本的に私の考える自由とは〜をしない自由、つまり消極的自由を保護することが大前提である。
自由とは自らの判断において何をなすかなさないかを決定することができるものであって、作為を求める自由は本来それに付随するべきものであるとかんがえる。
 つまり、人は自らの行動において自ら責任を持ち権利義務関係が存在しない限り他者の介入をよしとしないべきであるのだ。
これを現代の問題に当てはめて考えると
・自らが利用しないと思われる租税を拒否する
・自ら希望しない場合社会保障制度維持、利用のための負担を拒否する
・弱者保護のために強制的に財産を取り上げられない。(富の再分配の否定)
 
があげられる。(後日追加の可能性あり)
 
そもそも相続した財産はともかく、個人が得ることができる資産、給与所得は本人の努力の成果によるものが大きくそれを国家が反対給付なく富の再分配を行うのは一種の横暴であると考える。
給与所得や資産の増大はその人にとってよりよい結果を得ることを努力させるインセンティブとなりうる。逆にいうと富の再分配は
個々人の努力の否定である。このようなことを許せば働かなくともよいというふざけた考えが蔓延する。